古都「奈良」とは全く個人的に探偵達の素顔を違う角度から見てその人間性や生活に迫る。
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1958年12月
生まれてしまった。本当に私もかわいい子供であったらしい。
やはり人間は、生善説が正しそうに思える1コマでもある。
私の場合は、生悪説を信じたいが?
生まれたときはすべての子が良い子であるのか。悪い子であるのか?
によって教育問題は十分議論なされなければいけないとも思うが・・・
3つ子の魂100までもと言うなら、3つまでは良い子なのか悪い子なのかどっちでしょうか?
宗教的には、聖書を重んじる人は生悪だし、仏教だと生前なのかなぁ〜  
誰か答えを探して教えてくんろ。
1964年7月
幼少の頃に、第3時反抗期の為、
反抗ばかりして習い物をさぼり屋根の上に隠れていて、屋根瓦を沢山おとしてしまった、
(古い家だったので瓦がずれかけていたのだと思うが)父親に怒られて走って逃げたが、
開きのガラス戸に手をついたため、そのままドアの中の大きな硝子が破け
映画で見るワンシーンのように窓を体全体でつきやぶったような状況となり、!!

さすがに映画のように無傷と云う訳には行かずに
なんと体中に小さく何箇所も3針五針1針と傷跡が残る。
これが人生を大きく左右するとはこのときは知るよしもないことである。
まさしく傷だらけの人生という感じである。

07月08日
子供の頃、学校の友人と共に塾に通っていた。
この塾と言うのが、当時教頭の先生の自宅であったと記憶している
その先生ところの娘さんが教えている通いの家庭教師みたいな塾である。

教えていただいているのは私を含めて3名から5名の(変動あり)出来の悪い子供達である。
どうしてこの塾に行ったのかは現在、親に聞いても知らないと言うのでわからずじまいである。
チェッ!!
誰がこの塾に通わせたのか?  と、言うのは・・・・
この教頭の先生の娘さんが教える塾で
私の人生の大展開期を迎える1番目の出来事が発生したからである。

事件!

本当に悔しかった!
その塾での出来事であった。
幼少の私の鮮明な記憶として残っている。
いつものようにその塾に通い、いつもの和室に通された、
机が中央に置いてあり3名がすでに机を囲むように座っていた。

まだ先生が来ていなかったので、私は空いていた床の間側の席に!
持っていたカバンを床の間側の机の後ろに置きそしていつもどうりに座り、
前の2名に軽く挨拶をしたように記憶している。

2名は教科書を開けなにやらせっせと勉強をしていたように記憶している。
後1名がいる。
私もその時あまり知らない人物
(違うそろばん塾であったことがあった)が
私の左側の床の間側の席についていた、

随分と時間が経った・・・・・
今日先生遅いなぁ〜・・・とその場所にいる話し掛けたのを覚えている!

時間が経過して先生が来て、いつもどうり塾が始まった。
何か様子が・・・・変・・・・

実は、すでに先生が部屋に来ていて勉強する事を、皆に指示して席を外したようであった。
このとき初めて気がついた!
なぜなら?すごい剣幕で私が怒られたからだ、
怒られても知らないので!話す内容が聞いてないと言うしかないではないか?
『本当に聞いていません』  聞いていないと言っているのに?
私を信じてはもらえなかった!
突然起こったハプニングよりも自分の言うことが先生に信用してもらえないことが悔しかった。

その席にいた人間は私にそのことを告げないようにしていたのであった、
いじめである。そのあまり知らない人物が指示したようであった。

何故その人物に私は意地悪をされないといけない理由があったのであろうか。
不明である。

そのまま塾は終わり、
私は先生にその場所に残され、態度のこと、言い訳すること、嘘をつくこと、と注意をされた。
怒られながら居残りさせられて指示のあった(私は知らなかった)勉強をしたのであった。

1〜2時間、経過したと思う。
先生の親である例の教頭の先生が帰ってきた、
私のいる部屋に入ってきて、いきなり私の話しは何も聞かずに問答無用である。


何で帰ったばかりで知ってるの?
言い訳、人のせいにする事、
(人のせいにしていない本当に聞いてない、ともいえるはずもない)
遅刻するならやめろという、他のみんなに迷惑がかかるからと、非常にきつい調子で怒られた。

もう悲しくて悲しくて、声がでなかったのを記憶している。
自宅に帰って私は今日のことをなぜか黙っていた。
何故黙っていたのかは私にもわからない?
少しの時間が経過して・・・・
いきなり母親が泣きながら私に 『何てことするの』 あなたって子は・・・・
父親が仕事から戻って来て、恐ろしい剣幕で怒り、今から誤りに行くという?
何のことかさっぱり判らん!?????????

理由を聞いて再び更に驚いた!

塾の部屋の床の間の柱の裏に沢山の落書きをしたらしい!
彫り後まであって、大変らしい・・・
私は当然知らないといったが!
母親にしたら どうやら私よりも教頭先生のほうが信用できるらしい。
みんなに聞いてくれとも話したと思う!私じゃないとも当然話した。

一緒に再度、先生の家に行く
あいつではないか?   推測できる人物の名前も出した!
人のせいにするな!と言われた。罵倒罵声を沢山あびせられた・・・
もう言いようがない? おまえに聞く前に他のみんなにも聞いてあると言う?
(ほんまに聞いたんか?)と言いたい。そんなことはどうでも良い・・・

結果は!  私は当然! 犯人である。
残って勉強していたのは、私1人・・・    十分に動機もある。
怒られて憎らしかってやったと推測されたのであろう・・・

誰がそんなミミッチイ事するか?

私が知らないといいきるので!
親がその後も何回となく誤りに行き散々であった・・・
親がお金まで払って弁償した・・・結構高額であるのを記憶している。
私はその塾を止めさせられた、一言の言葉を述べることもなく。

嘘つき、呼ばわりされて。。。。
親にも真実を言ってない。言ったが説明できん信じてもらう方法がなかった?
みなさんならどうしますか?   無実の罪を着せられた。 それも先生に
それ以後、
小学校で問題が起こるたびに私のせいになっていくのはこの時からである。
私は、社会の矛盾と、大人のバカさを知ると同時に真実の大切さを学んだのであった!
  当年  0歳

中学時代

家に仲のよい友人5〜8名がよく遊びに来ていた。。
私は、お年玉などを貯めたものを机の引き出しの中に箱に入れて
置いていた。。が
友達たちと遊んでいて、、いつもその友達が来ていたので
いまからおこることは、何もそんなことは考えもしていなかった。

とある日、、少しのおこずかいをその箱に入れようと箱を出したら!!
ひとつもお金がなかった。。両親に大騒ぎで伝えるが!!
犯人などわかろうはずもない。
いつも来ている友人にも聞けない。気になって気になって幾度となく
誘導尋問をかけて逆に友達関係がおかしくなってしまった。

無くなった物は出てくるはずもなく、自分の管理ミスということで
終わらざるを得なかった。数年かかって貯めていたお金が。
なんと悔しい事件なのか??

その友達とは喧嘩のようにいつもなっていた、
ターゲットは僕一人である。疑ってはいけないが。。若かったのか?
責任は感じていたが、疑る気持ちは消えなかった。

数ヶ月のち、、僕と遊ばなくなってた友人が、(一番疑っていたやつ)
実は自分も誰かに家の物を取られていると言い出した。
ひとりは白になってきたが!!信じているわけではなかった?

・・・・それ以後さまざまなことがあり・・・・数ヶ月が過ぎた。
その友人から学校の帰りに呼び出された。犯人を見つけたという。
ええええぇ〜〜〜〜おどろいた。
犯人と特定はできないが間違いないという。
その友達は彼の家に言って調べたらしい。
そこには自分のものがあったということで
お前のも間違いなくあいつだということで、両親を含め
犯人の子の家に!!!押しかけた・・・・・その子は認めた。
彼のものは返してもらって、ひたすら謝っていたが。
僕のお金は違うという。。その犯人の父親は警察官である。
それも、、、かなりの偉い人だぁ〜
私の事を名誉毀損で訴えるとまで言われた。

僕のお金は泣き寝入りであった。
証拠がないだけで、間違いなく彼だと思う事実があったが、黙っていることにした。

それ以後も、私は色々な事件に巻き込まれては、私のせいになるのである。

そして再び

それは高校生の時代のことだった。
学校内でよく物が無くなる事件が発生していた時のことである。
流行のスニーカーが、あった頃である。
何万円もするスニーカーを捜しては買っていたのである。
そんな事がちょっとした自慢だったりした頃である・・・・
とある日、私の親友が特にいいスニーカーを盗まれた。
当然、先生に届けても何もしてくれるわけでなく今の警察にどこか似ている。
それほど日常的になるまで、盗難が多かった、
おそらく先輩たちのグループと推測はついていたが・・言えるはずもなく
そう『証拠もないからだ』取ったものはすぐさま売られるのであろう。
当時結構な値がついたと推測できる。
人事ながら非常に悔しい泣き寝入りである、


でもさすがに私もとられるのは嫌であるわけで
その日は、自分の教室にまでスニーカーを持って入った。
なぜか新しい新型を始めてはいてきたからである。
教室の後ろの棚にスニーカーを置いたのである。
そのまま時間が過ぎ!!
昼過ぎの授業が始まって少しした頃だったか??
後ろのドアが開く・・・・・生活指導の先生と、もう1名が授業中に入ってきた
教壇に立つ先生は、えっ!!!って感じだったのを鮮明に覚えている。

驚いたことに私のスニーカーを持ちこれ誰のだぁ〜と、第一声!!
はぁ〜〜僕のです!!!
職員室に来てくれ・・・・・授業中に私が呼び出しを受けた。。。

そこには、、、下の学年の生徒が泣いていた!!!
警察もすぐに来るという。
何のことかさっぱりわからん???

生活指導の先生が!!泣いている生徒に!これか??っとたずねる。
その生徒が!!!なぜか?ハイ!これですといって泣き崩れる。。

訳もわからず、サイズは?これ!と聞いたのを覚えている。
珍しいスニーカーなので・・そんなに数はない?
当然問答無用で犯人扱いである!!
この時ばかりは、もう何がなんだか!!
勝手に犯罪者扱いであった。。。当時の校長は、あのときの校長であった!
2度目である。私のことをずっと疑っていたらしい。。
何とも、もはや言い訳することもできない。
そのまま、またも両親に連絡、、ちゃんと調べてくださいと、言っても
いまさら何を言い訳しているのか??というばかり。
買った店に連絡を取るがなかなか特定できない。

犯人にされたまま。いくら騒いで無実を証明しても、取られた本人が
これ僕のですと泣いているではないか?

思い出したくもない、、冤罪である。。
今でも忘れない、忘れることができない、大事件である。


私が探偵になっていく理由が
皆さんに少しは理解していただけるのではないでしょうか?

1974年7月30日
人様の為に

ほんとうに出せるかどうかは?
その時になってみないと判ろうはずもないが、
ちなみに学生時代に海水浴に行ったときに
海で遊んでいて(リップカレントと言うらしいが)
、その引き波に誘われ危うく命を落とすという一幕が遭った。
友人3名と波と戯れボディサーフィンを馬鹿に一つ覚えのように繰り返し遊んでいたら、


岸までの距離は同じなのに足が経たないくらい深くなっている位置に来ていたようである。
もうパニックである・・
泳いでも泳いでも岸から遠ざかっていくではないか?
体力もなくなりかけたその時、
目の前で私と一緒に岸に向かって賢明に泳いでいる友人に振り絞る声を出し
オ〜イ○○たっ・・・・助けてくれ〜・・・・・タ・ス・ケ・・・・と
叫んでいたが友人は振り返ることもなく懸命に泳いでいた、
彼も必死だったが私よりは体力があったのであろう・・・・
死ぬ!もうだめだ!泳げない、体が動かん!
海水がゴボゴボと気道の中を通っていくのがわかった・・・・死ぬ!
そう思った時であった非常に大きな波に乗せられるように岸にたどり着いたのである。
奇跡である、
その日その場所での水死者は3名である。
もちろん遊泳禁止の場所であったが、まばらに人がいて海水浴場の監視員からは程遠い場所であった。

そんな事件があってから、私は2名のおぼれた人を助ける経験をもつが!

非常に感謝されるが直ぐに忘れられることも知っているのである。(本人の中には記憶はあると思うが?)
  ん・・・・何故に2人か? じつは
3人目の大事件からおぼれてる人を助ける勇気がなくなったことは、また次回書くとしよう。

 
 
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